水溶性包装紙とその特許

紙は濡らせば破けるものだ。…だがしかし。

特にトイレットペーパーに何の思い入れもないようなヒトでも
「水に溶ける包装紙」というものがあることくらいはご存じじゃないかと思います。
読んで字のごとく、包装紙が水に溶けるわけです。

通常、気に留めて生活することはないと思うのですが
一般に手に入る紙製品の中で最も耐水性を持たないのがトイレットペーパーです。
下水管が詰まったら大変なので、そのための「ほぐれやすさ」という規格があるほど。
一方そのほかの紙と言えば、構造上どうしても水には弱いんですけれども
あれこれ濡らしてみると判るとおり強度のあるものないもの、いろいろあります。

その点で、その薄さの割に大変な耐水強度を持った紙というのをご存じでしょうか。
そう、ティッシュペーパーです。あの薄さであの強度、実は結構すごいことですよ。
「そんなものかな?」と思ったそこのあなた、特に花粉症のあなた!
試しにトイレットペーパーで ずびびびび っと鼻をかんでみてください。
悲惨な状況になること請け合いです。

濡れた状態で力のかかるティッシュは巻紙と比べて長い丈夫な繊維で作られています。
耐水性がある、ということは とりもなおさず水にも溶けにくいということです。
よく公衆トイレに「付属の紙以外は使わないでください」とあるのはこのためです。
なにも、あんなものやこんなものを流そうと試みる輩がいるせいではないのです。

訓:ティッシュペーパーとトイレットペーパーは似て非なるものである。


「水に溶ける包装紙」というヤツ。

さて、話が逸れました。

本題の「水に溶ける包装紙」(以降「水溶紙」)ですが、
実はいくつか種類があって、それぞれ紙質に違いのあることがわかりました。
まきコレ的に、いま注目している水溶紙が2種類あります。

一つは静央系、もう一つはクレシア系としましょうか。

「元々濡れれば破れやすい紙にそんな発明必要なの?」と思うかも知れませんが
普通、印刷用のインクは乾くと耐水性が生まれます。
つまり、印刷した紙はそれ自体が耐水加工されていることになるのです。

そのため、「水に溶ける」を実現するには相応の技術を要することとなります。
で、今回取り上げる件で特許申請した会社が2つある、というお話。


水溶紙に関する特許

話は20年近く前に遡ります。

それまでも水溶紙包装というのはあったのですが
(実用開S62-150367号:トーヨ、特願H4-240296号:王子製紙など)
あくまで「溶ける紙」の部分が重要だったため、印刷時や機械での取り扱いなど
包装紙としての機能性について種々の問題を抱えていました。

ほどなく、改めて水溶紙包装だと主張する製品が増えてゆきます。
それが同時多発的な動きだったかは記憶にありませんが、
少なくとも一社特定の紙が一大勢力として採用されていたのは事実です。
なぜなら何社もの商品に掲載されたクレジットとして同じ印がついていたから。
それが株式会社静央による 平成3年 103359 号出願の特許技術です。

結局のところ、この技術は静央が出願を取り下げたため本審査に至ることなく
最終的には正式な特許として登録されることなく終わりました。
取り下げとは言え、技術的に認められなかったかどうかは別の話です。
日本の工業特許についてはフジハーモニーの回でも書いたとおり、
出願だけして取り下げるというのは良くあることだからです。

ところが。

最近になってクレシアが水溶紙の特許を取って製品に載せるようになりました。
特許番号3472494、この技術の出願は平成10年12月2日の出来事です。


特許とは

そもそも特許とは技術を財産として保護し後続の第三者による模倣を防ぐ規約です。
(厳密性に欠ける表現なのは判ってます。意訳ということで許して。)
この優位性によってもたらされるもの、とは優先的に開発費を回収できる権利です。

そんなわけで、特定の目的を遂行するため必要な技術をいち早く確立した者に
与えられるのであります。もちろん権利は行使してもいいし、しなくてもいい。

特許料の設定次第で広く使って貰ったり特定業種へ集中的に売り込んだり出来ます。
中にはえげつない申請などもあり、使用料を無料にしないと暴動が起きるものも。
逆に、絶対的な自信があるなら金で売らないという選択肢もありますが
特許を取った時点でその技術は完全に公開されるため、実は諸刃の剣でもある。

いずれにせよ、技術は既知のものであっては意味がないのです。

明らかに自明な自然現象はもちろん、過去に他社が申請した技術も認められません。
たとえそれが最終的に特許登録されなかった技術であったとしても。


二つの出願

静央の特願平3-103359号とクレシアの特願平10-342470号について
それぞれ目的とするところを次に引用します。(特許庁DBより)
本発明で得られるトイレットペーパー用包装紙は、
トイレットペーパーを取り出した後に包装紙の処分方法として、
トイレ便器内洗浄水に投入した場合に、
ほぐれやすさに冨み、下水道への排出が容易である。
しかも、包装紙の商品価値を上げるために文字や絵柄などの
印刷に使用された印刷インキも、トイレ便器内壁を汚染したり、
包装紙の水離解性を低下させないものである。   【静央】
水洗トイレ等に投棄して廃棄することができる
水分散性を有する印刷された包装紙、
並びにこれに適した包装用紙を提供する。     【クレシア】
双方の文言こそ違いますが、最大公約数的に要約すると下記の通り。
【製造目標】水洗便所に廃棄可能なトイレットペーパー包装紙
【付帯要件】便器に付着せず紙の分散性能も妨げない精細な印刷の実現

一見するとクレシアの方が言葉足らずな気がしますが、
実は続く本編にインクの要件が書いてあるので要求には大差ありません。
どちらも「やりたいこと」は変わらないのです。

ここで、むくむくと沸き上がってくる素朴な疑問…。
「後者は無効なのではないか?」


問うのは目的ではない

特許の原則を改めて確認します。
技術Aと技術Bが同じ内容を示していることが明らかになった場合、
後に出願されたものはたとえ登録を受けた後であっても無効になります。
もちろん、先の発明者次第では訴訟沙汰になる可能性だってある。
しかも、その発明が特許登録されている必要のないことは既に述べました。

しかしワタクシ、ここまでにもう一つ重要な条件を書いていません。
日本の特許制度は目的を問うものではないということです。
つまり、アイデアやルールは(それ単体では)保護されることはないのです。
ま、要するにアイデア商品を見て「これ俺も考えてた!特許取れば良かった!」
という9割9分の「俺の言い分」は認められないのがこのシステムのミソ。

でなければ、世の工業製品のほとんどが一社独占ということになってしまう。
問題は、どのようにその目的を実現したかにかかっています。
アプローチが異なれば後者は前者の権利を侵害したことにはならないのです。

ワタクシ、双方の特許公報の全文をダウンロードして精査することにしました。


結論

最初ね、「おお、面白そうなネタみーっけ!」と思ったんですよ。

まぁ、ぱっと見で特許の内容が被っていることなんて良くあるので
中をよく見たら結構違った、というのをオチにするつもりで書き始めたんです。

でも、調べるうちに「これ書いてて良いのかな~。」みたいな気に…。

第一に要求されるインク性能と技術の転用部分についてはほぼ同じだったし、
目的がシンプルなだけに試行錯誤の経過もそんなに違わないしさ。
うっかり「大発見」しちゃったらどうしようかと気が気じゃありませんでしたよ。
だって製紙会社から睨まれたらこのサイト存続できないじゃん。

なんか最後は自分の保身のため(?)双方の特許申請書を比較検討してしまいました。
製紙業と全く関係ないのにこのレポート開示請求したのワシだけじゃないかね。

…というところで、結論。

えー、本件は「紙の製造過程」とそこに「印刷を乗せる際の処理」が異なるため
双方は異なる開発思想の技術であると判定しました。
またクレシア側の請求する6項目も、静央側の主張を侵すものではなさそうです。

あー、よかった。(何故ワシが安堵するのか?)

ともあれ、文献だけ追っていると目指すところが判らなくなりがちなのですが
実際現物を手に取ると紙質の違いは明らかなのです。
そのため、製造方法が違うことは直感的にはわかっていました。

申請内容をよく検討して知ったことですが、クレシア系の紙は静央系と比べて
溶解時間ベースの有効桁数で なんと1割切っているんですよね。
収束する数字に対して単純に10倍とは言えないのですがその点は大いに評価したい。
何でもそうだけど、1桁違うってすごいことなのでねぇ…。

ただ、ハリ・ツヤがあって印刷が綺麗な静央系の紙も個人的にはすごく好きです。
デザイン上の制約を強いないという点で気っぷが良い。

今後、水溶紙に関する新特許を発見した際も勝手に追求していきたいと思います。

なお、例によって判定はまきコレの独断です。
申請書を科学論文として客観的に読み比べ、真剣に検討した結果ですが
疑問に思う方はご自分で原典に当たってください。

弁理士さん・製紙関連の方からの貴重なご意見大歓迎です。

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